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連載 建築家・青木淳の都営交通考察〜地下鉄駅の劇場性について
写真: 第4回 美しく空っぽな空間 都営新宿線「馬喰横山」駅

私たちが普段何気なく利用している「駅」。
建築家の視点で見ると、どのように見えるのでしょうか。
青木淳さんに考察していただきました。

第4回美しく空っぽな空間 都営新宿線「馬喰横山」駅

  • 文・スケッチ/青木 淳

都営新宿線「馬喰横山」駅にはどこか、ホッとするところがある。今の街の多くとは違って、どうぞご自由にと、放っておかれている気がする。

まず、駅名からして放っておかれる。都営新宿線、都営浅草線、JR総武本線が交差していて、コンコースで連結されているそれぞれの駅名が違う。「馬喰横山」駅、「東日本橋」駅、「馬喰町」駅。こうなると、名前などもう、どうでもよくなってくる。そこに駅があることはわかっているけれど、さてなんていう名前だったっけ?そういう人が多いのではないだろうか。
名無しの、ちょっとスカして言えば、匿名性の高い都市空間。何(なに)でもない空間のなかの、誰でもない人間。ほら、それこそ都市の自由であり、孤独ではないか。

馬喰横山駅地図

方向感からも自由になれる。実は、この3駅、地理的に言って、かなり特異な場所にある。日本橋の街のグリッドが伸びてくる。その一方で、隅田川の川筋に沿った別のグリッドが伸びてくる。その2つのグリッドがここでぶつかる。2つのグリッドがぶつかれば、三角形が生まれる。ここではその三角形は直角二等辺三角形。その斜辺の下に、都営浅草線「東日本橋」駅がある。これは、地上を歩けばただちに実感できること。しかし、この3駅を連結する地下コンコースには、この撹乱されたグリッドの複雑さがない。それはただ、直角に2回折れるコの字型の連結で、街の特性をちょっとも反映していない。どこでもある、と同時にどこでもない匿名性の高い空間になっている。

コンコースは広い。なかでも都営新宿線「馬喰横山」駅両端の改札口をつなぐコンコースは、その半分の半割空間を定期券発売所や駅長室やトイレに使われているのだが、それでもまだ十分に広い。それら半割空間がないJR「馬喰町」駅側では、もう広場と言っていいほど広い。人と空間との間に隙がある。空間が人を忖度していない。その潔さに、この空間の寛容がある。

踊り場階

この寛容、都営新宿線「馬喰横山」駅の改札を通って、階段を降り、途中の踊り場階に出たところでピークを迎える。ぜひ、本八幡側の改札から入って欲しい。1番線ホームへの階段なりエスカレーターなりで降りて、右に折れる。すると、目の前にゲートのような2本の黒い柱が現れ、その向こうに、何もない空間が広がる。正面の横長の壁の両端には扉がある。しかしそれ以外には、その約25mの長さを持つ壁には、何もない。ポスターさえ、1枚も貼られていない。ただタイル貼りの壁が続くのみ。奥行きは8mほど。ぐるりと回って、ホームへとさらに階段が続くので、人は皆、端を歩く。その横には、誰もいない広大な余白が広がっている。

踊り場階パース

気取った空間ではない。ただ「ない」と感じられる空間がそこにある。それはあなたを拘束しない。その逆に、あなたは自由、何をしてもいいよ、と言ってくれる。こんなに美しく「空っぽ」の空間は、今の東京にそうそうない。

  • 青木 淳(あおき じゅん)

    建築家。青木淳建築計画事務所を主宰。青森県立美術館などの公共建築、住宅、一連のルイ・ヴィトンの店舗などの商業施設など、作品は多岐に渡る。1999年日本建築学会賞、2004年度芸術選奨文部科学大臣新人賞などを受賞。主な著書は、『JUN AOKI COMPLETE WORKS Ⅰ:1991-2004』、『同第2巻:青森県立美術館』、『同第3巻:2005-2014』、『原っぱと遊園地』など。

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