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都営バスの車体カラーの歴史

都営バスの色といえば、誰もがグリーンを基調としたカラーリングを思い浮かべることでしょう。いまやすっかり定着したこの車体ですが、そこには長い歴史と多くの人々の想いが込められています。歴代の塗色から、あの岡本太郎氏が手がけた"幻のデザイン"まで。都営バスの車体カラーの変遷をご紹介します。

都営バスの車体カラーの歴史

昭和24〜57年の車体カラー
1949〜59(昭和24〜34)年 基色:薄緑 一部色:灰色(側板)、濃緑(スカート部)、オレンジ・白(帯)
1959〜68(昭和34〜43)年 基色:クリーム 一部色:マルーン
1968〜81(昭和43〜56)年 基色:アイボリー 一部色:ブルー
1981〜82(昭和56〜57)年 基色:イエロー 一部色:マルーン

終戦直後、焼け野原から復興を遂げ始めた東京の街で、1949(昭和24)年に薄緑×濃緑色のグリーンを基調としたボンネットタイプの都営バスが走り始めます。活気と混乱のただ中にあって、安定した色彩感覚とモダンさが光るデザインでした。
その10年後の1959(昭和34)年には、都電の車体カラー変更に合わせて、クリーム色を基調とする洗練されたデザインを採用。1964年の東京オリンピックの時も、多くのお客様を乗せて活躍しました。続く1968(昭和43)年には、発展した街の色との調和を考慮して、アイボリー×ブルーのデザインが登場しました。
そして、日本が高度経済成長を成し遂げつつあった1981(昭和56)年。自動車の交通量が増加し、渋滞が社会問題化する中で、事故の防止とバスの利用促進をアピールするために、視認性の高いイエロー×マルーンの車体デザインを導入しました。しかしこのデザインには、見やすいという評価がある一方で、野暮ったいという意見や、車体だけを目立たせるのではなく、都市景観全体の調和を考えるべきだという色彩の専門家からの指摘など、多くの声が寄せられたのです。

試験塗装4案
アンケート実施風景の写真
「都バス色彩懇談会」による「都バスの試験塗装」4案と、都民へのアンケート実施風景(1981年)。A〜C案に加え、岡本太郎氏による特別出品車が作成された。

こうした反響をふまえ、東京都交通局は都営バスにふさわしい色彩デザインを検討すべく、1981(昭和56)年に「都バス色彩懇談会」を設置。メンバーには、大学教授や新聞記者、主婦に加えて、未来的な作品で人気を集めたイラストレーターの真鍋博氏や、日本を代表する画家の岡本太郎氏も招かれました。そして、親しみやすく、はっきりわかる色彩と、環境と調和するデザインについて試案の作成と検討を行いました。
その中から最終的に4案を選出し、実際に試し塗りした車両を制作。うち1案は、岡本太郎氏による特別出品車でした。岡本太郎氏は自ら塗装に立ち会った場で、車体側面のラインはバスの動きを、前面には文字通り"バスの顔"を表現したことなど、デザインの意図を語っています。

グリーン基調の車体写真
「都バス色彩懇談会」による「都バスの試験塗装」4案(1981年)。A〜D案のうち、D案として岡本太郎氏による特別出品車が作成された。

この4案の中から都民のアンケート投票をふまえて選ばれたのが、アイボリーのボディにグリーンの太帯を配したデザインでした。選定結果を受けて、1982(昭和57)年には新塗色のバスの運行がスタート。通称「ナックルライン」とも呼ばれるグリーン基調の車体デザインが、こうして誕生したのです。
1996(平成8)年にはノンステップバスの導入開始に合わせて、ナックルラインに黄色のサークル模様を加えた現在のデザインが誕生。以降、車体に広告を配したラッピングバスにおいても、フロント部分はグリーンの塗装色で統一されています。そして、2013(平成25)年には全車のノンステップバス化が完了し、すべての都営バスがこのカラーリングとなりました。

  • 文/深沢慶太
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