連載 都営交通が描かれた映画・ドラマ
写真: 第3回 「パパと呼ばないで」「水もれ甲介」

名作と呼ばれる映画やドラマの舞台として登場する、都営交通の電車やバス。当時と変わらぬ面影を残す場所もあれば、すでに失われてしまった風景もあります。そんなワンシーンを切り取り、コラムニスト・泉麻人さんが当時の思い出とともに、在りし日の都営交通を語ります。

第3回「パパと呼ばないで」「水もれ甲介」

  • 文/泉麻人

70年代に石立鉄男が主演した、日本テレビ系のドラマ・シリーズがある。1971年4月スタートの「おひかえあそばせ」に始まって、「気になる嫁さん」「パパと呼ばないで」「雑居時代」「水もれ甲介」......など7作あって、どれもフィルム(日活系のユニオン映画)で撮られているので映画的な趣がある。僕が中学生の時代に始まったシリーズだが、大学生の頃からしばしば再放送されるようになって、すっかりディープなファンになってしまった。尤もいまも、CSチャンネルの人気コンテンツだから、若い世代でも知っている人は多いだろう。

この一連の石立ドラマ、当初は成城近辺の住宅地を舞台にしていたが、3作目の「パパと呼ばないで」はガラッと変わって下町の佃島周辺が主舞台となった。ドラマの内容を簡単に説明すると、人のいい石立が急死した姉の娘を引きとって、ひとりで育てる......というもので、子役の杉田かおるが"チー坊"の愛称の娘役を好演して人気者になった。

石立演じる右京さんがチー坊を連れて下宿するのが、大坂志郎演じる佃島の米屋の2階で、すぐ近くの通りを都電が走っている。1回目からしっかり停留場が写りこんでいるのが、清澄通りの現在の地下鉄・月島駅近くにあった新佃島だ。ここを走っていたのは23系統で、月島と福神橋の間を運行していた。

67年の暮れから段階的に廃止されていった都電の最後に残った5路線の1つで、廃止日は72年の11月12日。同年10月4日にスタートしたドラマのおよそ1ヶ月後。そして、興味深いのは、第10話のラストシーンにこの都電廃止のオチが使われているのだ。

朝、通勤を見送るチー坊と一緒に大通りまでやってきた石立、いつものクセで電停のあった通りの真ん中まで来てしまう。と、チー坊がすかさず「パパ、もう都電ないのよ」と叫ぶ。23系統都電廃止の告知板が写し出され、道端に当時のアイボリーに青帯カラーの都バス(代替バスだろう)が停車しているあたり、芸が細かい。

このドラマ・シリーズのスタッフには都電好きがいたのだろう。続く第4作の「雑居時代」は初作(「おひかえ」)のリメイクということもあって成城舞台に戻ったが、その後の「水もれ甲介」(74年10月スタート)ではいまも残る荒川線の鬼子母神前から雑司が谷にかけてのあたりがふんだんに登場する。

ここでの石立は水道修繕屋に扮している。タイトルのごとく、すぐに水もれ(ミス)をおこしてしまう甲介というドジな男。しっかり者の弟(原田大二郎)とともに、母(赤木春恵)と妹(村地弘美)のいる家族を支えている。彼らが暮らす「三ッ森工業所」の看板を出した水道屋、さすがに屋号は変えているものの、同じ水道屋を営む家が荒川線の線路端に実在した。90年代の終わり頃、「気になる物件」(週刊アスキー連載)というコラムの取材でこのお宅を発見したときは、ドラマそのものの姿で建っていたのだが、数年前からの新道工事(明治通りのバイパス)に合わせて立ち退いてしまったようだ。

そんな場所柄、すぐ横を通る都電が毎回何度も登場する。目につく車両は7000形と8000形(「パパと」の方もこの2タイプが主流だ)、とりわけ三ッ森工業所のすぐ脇の築堤の小橋の上を都電がガタゴト走行していくカットが印象的だ。それともう1つ、このあたり特有の上ったり下ったりのダウンヒルの軌道を都電が走るインサートカット。もちろん撮影許可を得てのことだろうが、線路の上を歩く石立の背景に、谷から坂を上って都電が忽然と姿を現す......なんて印象的なカットが目に残っている。

そう、もう1つ、「水もれ」の2年後に撮られたシリーズ6作目の「気まぐれ天使」でも、雑司が谷界隈の都電風景がよく描かれていた。確か、準主役の樹木希林(当時はまだ悠木千帆の芸名だったかも)の住む館がこのあたりの設定だったのだ。

  • 泉麻人(いずみ・あさと)

    1956年、東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を数多く手掛ける。近著に『僕とニュー・ミュージックの時代』(シンコーミュージック)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)がある。

作品クレジット

「パパと呼ばないで」

©ユニオン映画

「パパと呼ばないで」

©ユニオン映画

「水もれ甲介」

©ユニオン映画

日産UD4R94

昭和47年11月撮影 23系統 清澄通り、二之橋付近
昭和47年11月撮影 23系統 千歳三丁目電停付近
昭和42年ごろ撮影 23系統 相生橋付近
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