連載 建築家・青木淳の都営交通考察〜地下鉄駅の劇場性について
写真: 第1回 舞台と客席について  都営三田線「板橋区役所前駅」

私たちが普段何気なく利用している「駅」。
建築家の視点で見ると、どのように見えるのでしょうか。
青木淳さんに考察していただきました。

第1回舞台と客席について 都営三田線「板橋区役所前駅」

  • 文・スケッチ/青木 淳

駅にはどこか、舞台を思わせるところがある。別々のところから来て、別々のところに向かう人々が、すれ違う空間だからだ。街のほかの場所でも、知らない人とすれ違う。しかし、すれ違いの密度がもっとも高い都市空間が駅だ。なかでも地下鉄駅は、周辺のビルや道が見えるわけでなく、閉じた室内的世界であるから、その分余計に劇場を連想させる。とはいえ、演じる人がいて、観る人がいる、というわけではない。駅では、それぞれの人が演者であると同時に観客だ。

もちろんどの地下鉄駅も、そんな劇場性を目指してつくられるわけではない。しかし、結果的にすばらしい劇場になることがある。都営地下鉄の駅ではどこだろう。ぼくならまっさきに、三田線「板橋区役所前」駅を挙げる。

三田線「板橋区役所前」駅

「板橋区役所前」駅は、上下線を挟んで両側にホームがある、いわゆる相対式ホームの駅だ。上下線の間にはコンクリートの列柱がある。実は、この相対式ホームという形式と上下線の間の列柱だけで、もう十分に劇場性が生まれてくる。相対式ホームでは、こちらのホームに立てば、上下線の暗がりの向こうに、輝く反対側のホームが舞台のように目に飛び込んでくる。間に挟まる列柱は、舞台の額縁になる。その舞台上には、これから反対方向に向かおうとする人々が佇んでいる。こちら岸の少年は、いつも向こう岸に見かける少女に、今日も告白できなかったことを悔やんでいるかもしれない。

間の列柱が重要なのは、たとえば同じ三田線の「白山」駅に行けばすぐにわかる。やはり相対式ホームだが、間の列柱がない。たしかに反対側のホームが舞台に見えないこともない。でも、劇場としては、ちょっと間が抜けている。その分、ゆったり広々とした感じになっているわけだけれど。

間の列柱の幅やゴツさも重要だ。同じく三田線の「芝公園」駅も間の列柱がある。しかしそれらは、舞台額縁としては、ちょっと幅広く、柱と柱の間よりも柱そのものの存在が際立ちすぎる。その点、「板橋区役所前」駅は、劇場として完璧だ。

三田線「板橋区役所前」駅

もうひとつ「板橋区役所前」駅でいいのは、ホームの柱だ。太さがちょうどいい(約40cm)。間隔がいい(約5m)。ホームの端からの距離もいい(約1.3m)。この柱だと、人が完全に隠れてしまうのではなく、ちょっと安心できる居場所を生み出してくれる。もたれて立っている人がちらほらといるのがその証拠だ。それぞれの人が、それぞれの居場所を持つことができる。これも、ひとつの劇場性だ。

さらに色がいい。ホームの柱と、上下線の間の列柱が、水色パステルに塗られている。ホームの側壁の腰も薄い水色だ。隣の同じようなつくりの「板橋本町」駅の列柱が藤色。その隣の「本蓮沼」駅が若竹色。その次の「志村坂上」駅が淡黄色。ぜひ、その差が駅の雰囲気にどう影響するか、実際に、駅で降りて感じてもらいたい。「板橋区役所前」駅には、それら似た駅のなかで、どこか夏休みののどかさを感じさせる空気があって、その点でも好きだ。

もし映画を撮るならこの駅だな、と思っている。

  • 青木 淳(あおき じゅん)

    建築家。青木淳建築計画事務所を主宰。青森県立美術館などの公共建築、住宅、一連のルイ・ヴィトンの店舗などの商業施設など、作品は多岐に渡る。1999年日本建築学会賞、2004年度芸術選奨文部科学大臣新人賞などを受賞。主な著書は、『JUN AOKI COMPLETE WORKS Ⅰ :1991-2004』、『同第2巻:青森県立美術館』、『同第3巻:2005-2014』、『原っぱと遊園地』など。

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